森川 すい めい。 対話でつながりを!精神科医森川すいめい氏の軌跡

今、私たちは多くの仲間とともに、「すべての人に安心できる居場所を」という思いで、人が生きる場所を作っています。
調子悪いし、具合悪いし、食欲もないし、『おなかが痛い』と言い始めてるのに、 父親から 気持ちの問題にされて 中学3年生の1学期までは成績がよかったのですが、2学期に内申点が大幅に落ちたことがきっかけで全く勉強しなくなり、受験した高校にほとんど落ちてしまいました
そこで、自殺の原因を調べれば、自殺が減るんじゃないかという研究が、一生懸命されてきました ヨーロッパのイメージってイギリスやフランスのイメージですよね
悩んでいるときに耳にしたのが、精神面の困難を抱えた人を支えるフィンランドの町トルニオでの、オープンダイアローグという対話を続ける取り組みでした 自分の中の多様性と、多様性を包摂する力は、こうした環境だとなかなか育ちません
畔柳さんは、世界の医療団として国内の支援を考えていた時でした 医学を必死に学ぶほど、私の脳は「標準化」されて、私の言葉は技法のようになっていたと思う
人生には何かアクシデントがあるのが当たり前で、今まではそれを助け合ってきたはずです そこで、自ら相談者のもとを訪ねる訪問診療ができるクリニックに移りました
生まれた場所が不平等で貧困の格差があるのも認め、その上で機会を平等にしようと考えている 独りではできないことがたくさんあるからです
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リアルタイムでは掲載されません。 私はすっかり旅にはまって、大学の単位を取れるギリギリを計算して、学期の初めと終わりは授業を休んで最大限旅に費やしました。 その人から逃げているのではなく自分から逃げていた。 しんどい思いをした人も多くて、互いに相手の辛い気もちがわかる人たちでした。 この海外旅行をとおして、自分で旅を一つひとつ組み立てていくことで気もちが楽になる、という体験をしました。 カンボジアを中心としたアジアの国々や、アフリカ、ヨーロッパを行ったり来たりしていました。 (森川すいめい 精神科医) 森川 すいめい 精神科医、 鍼 ( しん ) 灸 ( きゅう )師 1973年、東京都豊島区生まれ。 翌週は 病院に 行かなかったんですけど、その数日後に 母親が 亡くなるんですよね」 森川さん 父親の支配下で、母親は治ると信じ込まされていた森川さん。 不安や恐怖、深い落ち込みなどの、精神面で困難な状態にある人たちがSOSを発信したら、すぐに会えるような働き方をしたいと思ったからでした。
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自分ができないのに、他の人のために、話したいことを話す場など作れるはずがなかった。 しかもセラピストスタッフは、オープンダイアローグに関わる訓練を3年以上受けていました。 傷ついたまま鎧を脱いだら、話を聞くうちに感情が大きく揺さぶられて、自分がひどく傷つくか、反対に話した人を深く傷つけてしまうかもしれない(中略)。 2010年4月 浦河べてるの家・世界の医療団との共同プロジェクト 「医療・福祉の支援が必要なホームレス状態の人々の精神と生活の質向上プロジェクト(世界の医療団東京プロジェクト)」を開始する。 自分のことを話すのは恥ずかしいと感じることもあるので、話すにはとても勇気がいる。 『トグの内容は、少しずつ自分のことを話、言葉に耳を傾けてもらい、 仲間と対話しながら自分自身と向き合い、自分が自分の理解者になるというもの。 即時援助がいい 私はその頃、都内の精神科の小さなクリニックで、訪問診療と外来を始めていました。 本を読めばいろいろなことがわかるし、当時インターネットが広がり始めたこともあって、外に出なくても何でもわかると思い込んでしまっていたのです。 最初の旅ではヨーロッパに行きました。
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